未来創想に関する記事

「守る」と「手放す」の狭間で、二つのお墓の重圧から解放へ

「守る」と「手放す」の狭間で、二つのお墓の重圧から解放へ

葛藤を乗り越え見つけた「遺骨ペンダント」日常に寄り添う供養の形(Mさん・60代・女性) 「ご先祖様を粗末にするつもりなんて、まったくなかったんです。」 Mさん(60代)は、ゆっくりと言葉を選びながら話してくれた。嫁ぎ先で長年、夫とともに仏壇とお墓を守ってきたMさん。だが、両親が亡くなり、実家の墓も同時に面倒を見なければならなくなったとき、現実の重さに直面したという。 「二つのお墓を行き来するのは、体力面と経済的に限界でした。どちらも大切なのに、どちらかを整理しないと、私たちの生活自体が続かないと感じたんです。」 予期せぬ壁:住職の言葉と離檀料 まずは実家のお墓について、菩提寺に相談することにした。改葬手続きの流れや費用を確認するためだったが、そこで思いがけない壁にぶつかる。 「お寺で“離檀料をお願いします”と言われました。ある程度の金額は覚悟していたんですが、提示された額を聞いて驚きました。想像していたよりもずっと高くて。どうしてそんなに必要なのか、正直わからなくて戸惑いました。」 さらに、住職からかけられた言葉がMさんの心を深く傷つけた。 「“先祖代々のお墓を閉じるとは、ご先祖を粗末に扱うことですよ”と言われたんです。もちろん、お寺の立場からすればそう感じるのも理解できます。でも、私としては粗末にしたいわけじゃない。守れない現実があるから、次の形にしようと思っただけなんです。」 その日、帰りの車の中で夫と話した。「“怒られてまでやることだったのかな”とつぶやいたら、夫が“俺たちが無理をして倒れたら、結局子どもたちが困る”と言ってくれたんです。その言葉で、ようやく前に進む勇気をもらいました。」 その後、Mさん夫婦は、将来にわたって管理の心配がない永代供養墓を選択した。供養の形態や費用、そして将来的な合祀についても事前に確認し、納得できる場所を選んだ。「費用面での不安はあったけれど、事前に全部確認して納得できました。何より、これで子どもたちに負担を残さずに済むと、安心できたことが大きかったです。」 永代供養の後、心に芽生えた「身近な祈り」 永代供養への改葬を終えたあとは、思っていたよりも穏やかな気持ちになったという。しかし、心の中には「両親を身近に感じたい」という強い想いが残っていた。 「永代供養という形で、公的な供養の心配はなくなりましたが、やはり日常的に手を合わせる場所が欲しくなりました。実家のお墓がなくなったことが、心のどこかで引っかかっていたんです。そんなとき、インターネットで『手元供養』という言葉を知り、未来創想さんのサイトをじっくり拝見しました。」 Mさんが特に惹かれたのは、未来創想の『遺骨ペンダント』だった。「『遺骨を入れるペンダント』という重々しいイメージとはかけ離れていて、普段でも身につけられる素敵なデザインで、遺骨が入っているなんて思えない。これならいつもそばに感じる事ができる」と直感したという。 毎日触れて感じる、温かい存在 Mさんが選んだのは、『涙のしずく』。ティアドロップをかたどった遺骨ペンダントで特別な輝きのプラチナを選びました。 「実際に手にして驚いたのは、その質感です。金属製なのに冷たい感じがしなくて、ぬくもりを感じて、撫でていると不思議と温かく感じます。 他社のペンダントはお米が一粒ぐらいしか入れられないけど、こちらは24粒も入れられるんです。両親の遺骨を少量ず2人分入れられたので嬉しかった。」 刻印できることも魅力に感じたという。 遺骨ペンダントを身に着けたことで、Mさんの心の中の迷いも少しずつ薄れていった。「“墓じまい”というと、何かを終わらせるように聞こえますが、無理をして続けるよりも、自分たちの暮らしに合った形で供養を続ける方が、結果的には大切な人も喜んでくれると思います。」 「祈り」は、決して消えない。 最初に住職から言われた言葉は、今も心のどこかに残っている。 「でも、あのときの私には『守れない苦しさ』があったんです。その苦しみから救ってくれたのが、未来創想さんの手元供養という新しい選択肢でした。刻印の相談やお骨を触ることの不安な気持ちも、とても丁寧に話を聞いてくださり、私の複雑な気持ちを理解してくれたことが本当にありがたかったです。」 「今の私にできることを、無理なく、心から感謝して続けていきたいんです。」 遺骨ペンダント|涙のしずく・プラチナ900(日本製) >遺骨ペンダント|涙のしずく・プラチナ900(日本製)の商品詳細はこちら

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葛藤を乗り越え見つけた「遺骨ペンダント」日常に寄り添う供養の形(Mさん・60代・女性) 「ご先祖様を粗末にするつもりなんて、まったくなかったんです。」 Mさん(60代)は、ゆっくりと言葉を選びながら話してくれた。嫁ぎ先で長年、夫とともに仏壇とお墓を守ってきたMさん。だが、両親が亡くなり、実家の墓も同時に面倒を見なければならなくなったとき、現実の重さに直面したという。 「二つのお墓を行き来するのは、体力面と経済的に限界でした。どちらも大切なのに、どちらかを整理しないと、私たちの生活自体が続かないと感じたんです。」 予期せぬ壁:住職の言葉と離檀料 まずは実家のお墓について、菩提寺に相談することにした。改葬手続きの流れや費用を確認するためだったが、そこで思いがけない壁にぶつかる。 「お寺で“離檀料をお願いします”と言われました。ある程度の金額は覚悟していたんですが、提示された額を聞いて驚きました。想像していたよりもずっと高くて。どうしてそんなに必要なのか、正直わからなくて戸惑いました。」 さらに、住職からかけられた言葉がMさんの心を深く傷つけた。 「“先祖代々のお墓を閉じるとは、ご先祖を粗末に扱うことですよ”と言われたんです。もちろん、お寺の立場からすればそう感じるのも理解できます。でも、私としては粗末にしたいわけじゃない。守れない現実があるから、次の形にしようと思っただけなんです。」 その日、帰りの車の中で夫と話した。「“怒られてまでやることだったのかな”とつぶやいたら、夫が“俺たちが無理をして倒れたら、結局子どもたちが困る”と言ってくれたんです。その言葉で、ようやく前に進む勇気をもらいました。」 その後、Mさん夫婦は、将来にわたって管理の心配がない永代供養墓を選択した。供養の形態や費用、そして将来的な合祀についても事前に確認し、納得できる場所を選んだ。「費用面での不安はあったけれど、事前に全部確認して納得できました。何より、これで子どもたちに負担を残さずに済むと、安心できたことが大きかったです。」 永代供養の後、心に芽生えた「身近な祈り」 永代供養への改葬を終えたあとは、思っていたよりも穏やかな気持ちになったという。しかし、心の中には「両親を身近に感じたい」という強い想いが残っていた。 「永代供養という形で、公的な供養の心配はなくなりましたが、やはり日常的に手を合わせる場所が欲しくなりました。実家のお墓がなくなったことが、心のどこかで引っかかっていたんです。そんなとき、インターネットで『手元供養』という言葉を知り、未来創想さんのサイトをじっくり拝見しました。」 Mさんが特に惹かれたのは、未来創想の『遺骨ペンダント』だった。「『遺骨を入れるペンダント』という重々しいイメージとはかけ離れていて、普段でも身につけられる素敵なデザインで、遺骨が入っているなんて思えない。これならいつもそばに感じる事ができる」と直感したという。 毎日触れて感じる、温かい存在 Mさんが選んだのは、『涙のしずく』。ティアドロップをかたどった遺骨ペンダントで特別な輝きのプラチナを選びました。 「実際に手にして驚いたのは、その質感です。金属製なのに冷たい感じがしなくて、ぬくもりを感じて、撫でていると不思議と温かく感じます。 他社のペンダントはお米が一粒ぐらいしか入れられないけど、こちらは24粒も入れられるんです。両親の遺骨を少量ず2人分入れられたので嬉しかった。」 刻印できることも魅力に感じたという。 遺骨ペンダントを身に着けたことで、Mさんの心の中の迷いも少しずつ薄れていった。「“墓じまい”というと、何かを終わらせるように聞こえますが、無理をして続けるよりも、自分たちの暮らしに合った形で供養を続ける方が、結果的には大切な人も喜んでくれると思います。」 「祈り」は、決して消えない。 最初に住職から言われた言葉は、今も心のどこかに残っている。 「でも、あのときの私には『守れない苦しさ』があったんです。その苦しみから救ってくれたのが、未来創想さんの手元供養という新しい選択肢でした。刻印の相談やお骨を触ることの不安な気持ちも、とても丁寧に話を聞いてくださり、私の複雑な気持ちを理解してくれたことが本当にありがたかったです。」 「今の私にできることを、無理なく、心から感謝して続けていきたいんです。」 遺骨ペンダント|涙のしずく・プラチナ900(日本製) >遺骨ペンダント|涙のしずく・プラチナ900(日本製)の商品詳細はこちら

「親が決めた墓じまい」その後に残る子の気持ち

「親が決めた墓じまい」その後に残る子の気持ち

“相談なしの墓じまい”親の終活決断に戸惑いながらも向き合う、子どもの本音(Yさん・40代・女性) LINEで届いた突然の知らせに揺れる心 「正直に言うと、驚きました。ちょっと寂しかったです。」Yさんは、あの日スマートフォンに届いたLINEの画面を見せてくれました。 『お墓じまいをし、仏壇を整理しました。私たちが亡くなったら、樹木葬にします。』 短いメッセージのあとに添えられていたのは、実家の居間の写真。かつて中央にあった立派な仏壇の姿はなく、窓辺に祖父母の小さな遺影と花が一輪飾られていた。 “ありがたい”と“寂しい”が同時に湧き上がった瞬間 「親の気持ちはありがたいと思う反面、“もう少し話してから決めてほしかったな”という思いが残りました。 私にとって仏壇は、家族が集まる象徴みたいな場所でしたから。」 Yさんは東京で働き、夫と二人の子どもと暮らしている。帰省のたびに家族で仏壇に手を合わせる時間は、祖父母を身近に感じられる特別な時間だったという。 後日、母親から電話があった。 「“あんたたちに迷惑をかけたくないから、元気なうちに片付けたの”と明るく言われました。でも、その明るさの中に迷いもあったのだろうな、と感じました。」 数週間後、家族と帰省すると、居間は以前より明るく、広くなっていた。 母は「掃除が楽になったのよ」と笑い、父も「これで一安心だ」と穏やかに頷いた。 窓際には小さな祈りのスペースがつくられていた。 骨壺、遺影、そして季節の花──控えめながら温かい空間。 「手を合わせたとき、心が落ち着きました。祈りの気持ちは変わらない。 両親なりの“新しい供養の形”ってこういうことなんだと感じました。」 樹木葬という選択に込めた、両親の静かな覚悟“ありがたい”と“寂しい”が同時に湧き上がった瞬間 その晩、父は改めて話をしてくれました。「自分たちが亡くなったら樹木葬にする」と。 自然の中で静かに眠りたいという思い。そして何より、“次の世代に負担を残さない”という決意を感じました。 Yさんはこう振り返る。「最初はショックだったけれど、話を聞くうちに納得しました。 時代も暮らし方も変わって、お墓を守り続けるのが難しい場面は増えている。 その中で、親は“これが最善”だと思ったんだなと。親が示したのは“供養のやめ方”じゃなく、“受け継ぎ方”だったのかもしれません。」 東京に戻ったあと、Yさんはお洒落な遺影は作れないのか?とインターネットを検索して未来創想を見つけてくれました。 祖父母がまだ若かった頃の家族写真でアクリル位牌を作りました。お洒落なおりんと小さな花を一緒に飾り、「私なりに続けたい供養って、こういうことかなと思って。」 親が残したのは、“負担のない未来”と“続いていく祈り” 最後にYさんはこう語った。 「墓じまいも仏壇じまいも、終わらせることじゃないと思います。 両親はこれからの未来のために“整えた”んです。 あのLINEを見たときは寂しかったけれど、今は心から感謝しています。この先も、“安心して生きていきなさい”というメッセージだったんだと思います。」...

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“相談なしの墓じまい”親の終活決断に戸惑いながらも向き合う、子どもの本音(Yさん・40代・女性) LINEで届いた突然の知らせに揺れる心 「正直に言うと、驚きました。ちょっと寂しかったです。」Yさんは、あの日スマートフォンに届いたLINEの画面を見せてくれました。 『お墓じまいをし、仏壇を整理しました。私たちが亡くなったら、樹木葬にします。』 短いメッセージのあとに添えられていたのは、実家の居間の写真。かつて中央にあった立派な仏壇の姿はなく、窓辺に祖父母の小さな遺影と花が一輪飾られていた。 “ありがたい”と“寂しい”が同時に湧き上がった瞬間 「親の気持ちはありがたいと思う反面、“もう少し話してから決めてほしかったな”という思いが残りました。 私にとって仏壇は、家族が集まる象徴みたいな場所でしたから。」 Yさんは東京で働き、夫と二人の子どもと暮らしている。帰省のたびに家族で仏壇に手を合わせる時間は、祖父母を身近に感じられる特別な時間だったという。 後日、母親から電話があった。 「“あんたたちに迷惑をかけたくないから、元気なうちに片付けたの”と明るく言われました。でも、その明るさの中に迷いもあったのだろうな、と感じました。」 数週間後、家族と帰省すると、居間は以前より明るく、広くなっていた。 母は「掃除が楽になったのよ」と笑い、父も「これで一安心だ」と穏やかに頷いた。 窓際には小さな祈りのスペースがつくられていた。 骨壺、遺影、そして季節の花──控えめながら温かい空間。 「手を合わせたとき、心が落ち着きました。祈りの気持ちは変わらない。 両親なりの“新しい供養の形”ってこういうことなんだと感じました。」 樹木葬という選択に込めた、両親の静かな覚悟“ありがたい”と“寂しい”が同時に湧き上がった瞬間 その晩、父は改めて話をしてくれました。「自分たちが亡くなったら樹木葬にする」と。 自然の中で静かに眠りたいという思い。そして何より、“次の世代に負担を残さない”という決意を感じました。 Yさんはこう振り返る。「最初はショックだったけれど、話を聞くうちに納得しました。 時代も暮らし方も変わって、お墓を守り続けるのが難しい場面は増えている。 その中で、親は“これが最善”だと思ったんだなと。親が示したのは“供養のやめ方”じゃなく、“受け継ぎ方”だったのかもしれません。」 東京に戻ったあと、Yさんはお洒落な遺影は作れないのか?とインターネットを検索して未来創想を見つけてくれました。 祖父母がまだ若かった頃の家族写真でアクリル位牌を作りました。お洒落なおりんと小さな花を一緒に飾り、「私なりに続けたい供養って、こういうことかなと思って。」 親が残したのは、“負担のない未来”と“続いていく祈り” 最後にYさんはこう語った。 「墓じまいも仏壇じまいも、終わらせることじゃないと思います。 両親はこれからの未来のために“整えた”んです。 あのLINEを見たときは寂しかったけれど、今は心から感謝しています。この先も、“安心して生きていきなさい”というメッセージだったんだと思います。」...

「遠いお墓」か「家族のこれから」か

「遠いお墓」か「家族のこれから」か

墓じまい後の葛藤を救った、リビングに溶け込む小さなミニ仏壇・祈りの手箱(Sさん・50代・男性) 「墓じまいって、正直、手続きが終われば“楽になる”と思っていたんです」 そう語るのは、東京都内で暮らすSさん(50代)。ご実家は東北の山あいにあり、両親が大切に守ってきた伝統的なお墓があった。長男であるSさんがいずれ継ぐのが当然、というのが親族の共通認識だった。 「若いころは、自分が守るのが当たり前だと思っていました。でも、いざその立場になると、思っていた以上に大変で…。東京から実家までは車で片道7〜8時間。お彼岸やお盆のたびに帰るのは、体力的にも金銭的にも厳しくなってきました。」 年齢を重ね、仕事も家庭も責任が増えるなかで、Sさんは次第に「このままでは、子どもたちにも同じ負担を強いることになるのではないか」と、供養のあり方自体に疑問を抱くようになった。 母の言葉で決意した「供養の形を変える」こと 「母が亡くなる少し前に、“無理をしてまで、このお墓を守り続けなくていいのよ”と言ってくれたんです。その言葉がずっと胸に残っていました。最初は、親不孝のように思えて躊躇していましたが、両親の思いを無駄にしないためにも、現実的な選択をしようと思いました。」 Sさんは、まず市役所に改葬の手続きを相談。必要な書類を集め、菩提寺にも連絡。お墓の撤去費用や離檀料の見積もりを取りながら、慎重に進めた。納骨先として選んだのは、都内の納骨堂だ。アクセスがよく、管理も行き届いている。子どもたちの世代に負担を残さないことが決め手だった。 「手続きは粛々と進められます。でも、心の整理は簡単じゃありませんでした。特に親族に伝えたとき、“どうして勝手に決めたの”とか、“親不孝だ”という言葉をもらったときは、本当に落ち込みました。迷惑をかけたくないと思って決めたのに、責められるとは思っていませんでした。」 Sさんは、改めて法事の場などで丁寧に説明を重ねた。「お墓をなくした」のではなく、「形を変えて供養を続ける」こと。無理をせず、できる形で手を合わせていくという思いを伝えると、徐々に理解が広がっていったという。 墓じまいの後、心に空いた穴 すべてが終わり、肩の荷は降りたものの、心にはぽっかりと穴が開いたような感覚が残った。「お墓参りって、単に手を合わせる行為だけじゃなく、家族が集まるきっかけでもあったんですよね。墓じまいをしてからは、帰省の機会が減って、少し寂しさを感じました。親戚や地元の人と会う時間がなくなったことも、心のどこかで引っかかっていました。」 Sさんは、改めて「ご先祖様との繋がりを感じられる場所」を自宅に作ることを決意する。そこで出会ったのが、未来創想の手元供養品だった。 「インターネットで『墓じまい後の供養』を調べているとき、未来創想さんのサイトにたどり着きました。それまでの『供養はこうしなくてはならない』という考えが180度変わりました。」 インテリアに溶け込む「ミニ仏壇・祈りの手箱」とお洒落なおりん Sさんが選んだのは、リビングに置いても違和感のない『ミニ仏壇・祈りの手箱』 「こんなに小さくても、線香・ローソク・花がお供えできる仏壇があるんだ!と妻に相談し、リビングの飾り棚にも違和感なく置ける、シンプルでモダンなミニ仏壇を選びました。これなら、かしこまった仏壇という感じもなく、木の温もりを感じながら普段の生活空間に自然に溶け込んでくれます。」 ミニ骨壷も一緒に購入し、ご両親のご遺骨を少量、分骨し納めた。 「お墓に行かなくても、日常の中で自然に手を合わせられる。お墓参りのように“行事”として構えるのではなく、毎日の生活の一部として祈る。それが今の自分には合っていると感じます。」 朝起きて、そして夜寝る前に手を合わせる。それは、Sさんにとって無理のない、心安らぐ日課となった。 「形を変えただけ」供養の形は進化する 時間が経ち、親族との関係も落ち着いた。法事のときには、この祈りの手箱の写真を見せながら話をすることもある。「ちゃんと手を合わせているよ」と伝えると、「そういう形もいいね」と言ってくれる人も増えた。 「“お墓をやめる”という言葉は、どうしても誤解を招きやすいんです。私にとっては、『守り方を変えた』という表現がしっくりきます。お墓がなくなっても、供養は続けられる。形ではなく、気持ちが大事なんだと思います。」 Sさんは最後に、穏やかな笑顔で言った。 「未来創想さんの製品に出会うことで、私たちは『後悔のない供養』の形を見つけることができました。今の暮らしの中で、無理なく両親と先祖を思える時間がある。これが、自分たちの世代に合った、新しい供養の形なんだと思います。」 ミニ仏壇|やさしい時間・祈りの手箱|ナチュラル・ホワイトブーケ付(日本製) >ミニ仏壇|やさしい時間・祈りの手箱|ナチュラル・ホワイトブーケ付(日本製)の商品詳細はこちら ミニ骨壷 いおり Iori...

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小さな命と、これからも一緒に

小さな命と、これからも一緒に

20週で赤ちゃんを見送り、火葬までのわずかな時間で、骨壷を探した(Rさん・30代・女性) 「退院したその足で、赤ちゃんの火葬の日程を決めなければならなくて…。心の整理が追いつかないまま、必要な準備だけが次々押し寄せてきました。」 Rさんは、当時の状況を静かに振り返る。突然のお別れ。悲しむ間もなく、淡々と進めなければならない現実。その中で、Rさんの胸にあったのはただひとつ―― 「今あの子にしてあげられることを、してあげたい」という気持ちだった。 火葬に間に合わせるために 退院の翌日が火葬の日に決まった。Rさんは、急いで赤ちゃん用の小さな骨壷や仏具を探し始めたという。 「赤ちゃん用の骨壺って、探してもなかなか見つからなくて…。“間に合うのかな”と不安で胸がいっぱいでした。」 そんな中で見つけたのが、未来創想の赤ちゃんのための仏具セットだった。 「写真を見たとき、この子をそっと大切に包んでくれそうだと感じました。私がしてあげたかった“やさしく包み込むように抱く”という気持ちをそのまま形にしてくれるようで…。見た瞬間、これが欲しい。と主人に話したのを覚えています。」 しかし、火葬まで時間がない。それが一番の不安だった。 “当日発送”の言葉に救われた 「注文画面に“当日発送”と書かれていて、少し希望が持てました。でも締め切り時間の15時を過ぎていたので念のため、備考欄に『火葬に間に合わせたい』と書いて、LINEも送りました。」 すると、すぐにお店の方からメールとLINE両方が届きました。 「“お急ぎの事と思いますので、本日発送します。”と書かれていて…その一文だけで、涙が出てしまいました。ネットショップなので顔は見えませんが、スタッフの方が寄り添ってくれていると感じたんです。」 実際、翌日の午前中に無事に商品が届きました。 「箱を開けた瞬間、ほっと力が抜けました。“これで、あの子にちゃんとしてあげられる”と胸が温かくなって。」 小さな骨壷パステルと、赤ちゃんのために作られた“ぞうりん” 手元に届いたミニ骨壷は手のひらにそっと収まる大きさ。白い本体に光がやわらかく反射していた。 「骨壺の重みが、安心感につながりました。この重さがそばにあるだけで、“ここにいる”と感じられたんです。」 セットに入っていた“ぞうりん”は、赤ちゃんを亡くしたお母さんのために作られた手元供養のためのおりんで、家族みんなの支えになった。 「澄んだ音色がとても優しくて、心が少しずつ落ち着いていきました。主人も毎晩そっと鳴らして、『おやすみ』って話しかけています。」 刻印プレートが“急がなくていい”安心をくれた 火葬や後悔、事務的な手続き…。目まぐるしい日々の中で、刻印プレートを“後からゆっくりお願いできた”ことはRさんの心を救った。 「名前や日付を書くのがつらくて、すぐには決められなかったんです。でも、後から刻印して送ってもらえると知って、本当に救われました。」 火葬を終えた日、Rさんとご主人はリビングに小さな祈りの場所を作った。 「特別な場所じゃなくてよかったんです。 一番家族が集まる場所に置くことで、“寂しい思いをさせずに、一緒に暮らしている”と感じられます。」 悲しみがすぐに癒えるわけではありませんが、この小さな祈りの場所のおかげで、心が救われました。ありがとうございました。 ミニ仏壇セット|小さな祈りのステージ(飾り台ナチュラルセット)お名前刻印サービス付き(日本製) >ミニ仏壇セット|小さな祈りのステージ(飾り台ナチュラルセット)お名前刻印サービス付き(日本製)の商品詳細はこちら

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父の弔い方を認めてもらえた嬉しさ。未来創想が教えてくれた大切な人との死後の向き合い方。

父の弔い方を認めてもらえた嬉しさ。未来創想が教えてくれた大切な人との死後の向き合い方。

今回は、未来創想の商品を「どのように知り、どのようなきっかけでご購入に至ったのか」について、お客様のお話を伺いました。そのエピソードをご紹介いたします。 40歳で初めて体験した、喪主。 私が未来創想と出会ったのは2023年の10月に亡くなった私の父の仏壇をどうするかということを夫と話し合いをしている中でインターネットで見つけたのがきっかけです。 私の人生初となった喪主体験を未来創想の思い出とともにお話しいたします。 生前と死後 私は東京で生まれ過ごし、現在は2人の息子に恵まれ、夫の故郷である九州で現在は家族4人で暮らしています。そんな私が父の死をきっかけに人生初となる「喪主」という経験をを務めることになりました。 父は私が高校生の時に両親の離婚がきっかけで疎遠になっていました。結婚後は何度か連絡を取っていたものの父は実家のある千葉に住んでいたこともありなかなか会う機会はありませんでした。 そんな父からある日、「もう、ダメかもしれない。」と地面を這うような声で病院のベットから電話がかかってきました。 最初は事実を受け止めるまでに頭が真っ白になりましたが、ふとした瞬間、「パシャン」気持ちにスイッチが入り、昔の思い出が大波のように心に押し寄せ、3時間後には荷物をまとめて父のいる千葉まで、夫と子供を連れて向かっていました。 病名は末期の癌で、手の施しようもないほど転移していて、もってあと2ヶ月、むしろ生きていることが謎だと言われるほど病状は悪化していたのです。 父にも医師から余命宣告がなされ、私たち家族は残された時間をどう過ごすかという問いに、父を連れて九州に帰り、最後の時をみんなで過ごそうという決断をし、父を含めた家族全員で九州の自宅に帰ることにしました。 仏教と私。 九州に父と一緒に帰り、私たちの息子と一緒に過ごす時間が1ヶ月ぐらいあり、父はとても幸せそうにしていましたが、医師の宣言通りかけがえのない思い出を残して天国に旅立ちました。 父が亡くなる前までは、最後の時をどう過ごすか、何が食べたい、どこに行きたい、誰と話したいというのは父本人がいたので会話をしながら決めることができましたが、父の死後にやらなければいけないことに対する全ての意思決定は、今まで人生でこんなに難しいかったことはないと断言できるほど大変でした。もちろん私が初めての喪主であるということが一番大きな理由です。 私が父の死後手続きに手間取ったり、判断に悩んだ主なものが以下の3つです。 地方自治体毎の事務手続き お葬式について お葬式後の弔い方 1については生前住んでいた千葉と九州とをまたにかけ最後の時を過ごしたため、特殊な事情もあり二拠点で財産整理や死亡届の手続き、所得、年金の整理や、生命保険の手続きをすることになり、調べればわかることではありましたが、行政のデジタル化がなされていない箇所も多々あり、各都道府県を移動しながら手続きを進めました。 死後の悲しい気持ちに浸ること時間もなく期限が決まった手続きを進めるため、夫も含めて心身ともに疲れ切っている中、お葬式、お葬式後の弔い方について葬儀社や父の檀家となっているお寺様からお葬式の段取り、仏具の段取りなどの提案がなされていくのですが、提案を受けながら、私がふと思ったのが 「私、仏教のこと何もわからない」ということです。(各ご家庭で入信されている宗教はさまざまかと思いますが私の家族の場合は割と一般的ななになに宗とつくような仏教の檀家の家庭だったようです。) 私の父は千葉県のとある宗派の仏教を先祖代々信仰していました。 皆さんにも経験があることかもしれませんが、小さい頃に親に連れられてお寺やお墓の前でおじいいちゃんやおばあちゃんの3回忌などを行われたりしたこともあると思います。その時にはしみじみと亡くなった家族に思いを寄せるものですが、その時に私自身が認識できていなかったのかが、そのお寺の檀家=その仏教を進行している家族の一員なんだということです。 なので当然のようにその宗派の仏教の弔い方に則ってお葬式やその後の段取りが進んでいくのですが、 「鑑真って日本の人??中国から来た人だっけ??」「仏教ってお肉食べたらダメなんでしたっけ??」 こんなお粗末な知識しかない私が、お寺の住職や葬儀社から一般的な仏具ですと出されて進められたものは、いわゆるおばあちゃんちに行ったらあった、オーセンティックなサイズも大きな仏壇で、その仏壇を改めて購入するという目線で見た時に、これからの私たちの生活にこの仏壇があるのことが全くイメージできませんでした。 決して仏様を否定したいわけでもないのに、漠然とした違和感と、そんなことを思っている自分も仏様に罰当たりなやつだなと、自己否定もしていました。 死後の弔い方に対して無知な私が、そうであっても父には死後についても家族みんなで気持ちを傾けて大切にしてあげたいという思いがあり、父のことを思い返してみると過去に婦人服店を営んだことがあったほど、一言で言うととてもおしゃれな人だったこともあり、その影響もあってか、私も私が結婚した夫もインテリアや、お洋服など人並みよりは気を使う家庭だったため、「THE 仏壇」がお家に飾られることが父にとっても私たちにとっても本当にその形が自分たちらしいのか、という迷いが生じていました。 故人を大切に思う気持ちが大事。...

未来創想に関する記事

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「未来創想」で手元供養品を手にされた方々の口コミをご紹介_ eyecatch

「未来創想」で手元供養品を手にされた方々の口コミをご紹介

未来創想が創業したのは、2000年のこと。遺骨を少量納められるペンダントを「カロート?ペンダント」と命名して販売を開始したのが始まりです。 「手元供養」という言葉も、創業当初と比べるとずいぶん暮らしの中に浸透するようになりました。 現在、未来創想では、遺骨ペンダントだけでなく、ミニ骨壷やミニ仏壇など、さまざまな手元供養品をたくさんの方のもとへお届けしています。 大切な方を亡くしたとき、悲しみで途方に暮れてしまうこともあるでしょう。手元供養という選択に至るまでには、人それぞれにさまざまなストーリーがあります。 手元供養をお考えの方は、実際に経験した方の話を聞くことも一つの参考となることでしょう。 未来創想に届いた口コミ ここでは、未来創想に実際に届いた多くの口コミの中から、いくつかのコメントを抜粋してご紹介いたします。 充実のセット内容と、ちょうどよいサイズ感に母が喜んでくれました。 一人暮らしで高齢の母には、今まで家にあった大きなお仏壇の管理は難しくなってしまったので、この小さな手箱を購入しました。一から全部揃えるのが大変で、悩んでいましたが、充実のセット内容だと思います。サイズも丁度よく、何より母が喜ぶ姿が見れてよかったです。おりんの音はとても綺麗でした。 >この口コミが届いた「ミニ仏壇セット・やさしい時間・祈りの手箱|ナチュラル (チェリンセット)」はこちら この仏壇なら、悲しみを助長しないと感じられました。 高校2年の息子が交通事故で他界。まさか自分の息子のお仏壇を買うことになるとは、思ってもいませんでした。私が三男のため自宅にお仏壇はありません。何社かお仏壇のカタログを取り寄せたものの、苦しくなり見ることができませんでした。テレビでこちらの商品のCMをみて、生活の中に自然とある姿や家族が話しかけたりしているものを見て、これなら悲しみが余計に助長することはないのではないかと感じました。骨壷は息子が好きだったブルーにして、おりんは白にしました。木の自然な感じがとても優しい雰囲気です。よいお仏壇に巡り合えました。ありがとうございました。 >この口コミが届いた「ミニ仏壇セット・やさしい時間・祈りの手箱|ナチュラル (パステル・虹色おりんセット)」はこちら お墓や仏壇に代わるものを探していました 墓じまいしました。その後、仏壇も処分することになり、手を合わせる対象がなくなってしまったことに罪悪感が残り、仏壇の代わりになるようなものはないかとネットで探していたところ、こちらの商品を見つけました。背面がないことで、風が吹き抜け、自由な形で供養して欲しいと商品名の由来を聞いて、これだと思いました。お墓も仏壇も必要ないと思っているわけではないので、生活の一部としてこの供養品を大事にしていきます。 >この口コミが届いた「ミニ仏壇セット・風セットプラン1(風茜、ミニミニ仏具、チェリン、線香、ローソク5点セット)」はこちら かわいらしい骨壷に、わが子が重なる。 届いた骨壷は白が清らかで、形がとても愛らしいです。お骨を納めてからは、あの子の顔が重なるようで毎日両手で包み込んでいます。迷いましたがこちらにお願いしてよかったです。 >この口コミが届いた「ミニ骨壷・パステル・ホワイト(真鍮製)」はこちら 泣いてばかりいた日々が、少し楽になりました。 主人が突然亡くなり、本当に自分自身の心をどうしたら良いのかわからないくらいの喪失感で毎日毎日、泣いてばかりでした。四十九日が近づいてくると主人のお骨を置いて来れるだろうか?との不安感で胸が痛くなり、連れて行きたくないと思うようになりました。そんな折、未来創想を知り気持ちが少し楽になりました。この商品は一目見て気に入り、実際にお届けしていただいたらネットで見るよりずっと綺麗でうれしかったです。ネットで見るよりもお骨もたくさん入ります。なぜか安心できました。ステージもお願いしましたが、やはり素敵です。後から父の分も追加させていただきました。遺骨ペンダントも検討中です。対応も親身になってくださり、とても満足しております。ありがとうございました。 >この口コミが届いた「ミニ骨壷・七宝シリーズ・青花(七宝焼き)」はこちら 死産だったわが子のために 死産だったわが子のために購入しました。手で包みこめるほど小さいですが、重さはしっかりあり重量感があります。かわいらしくて気に入っています。 >この口コミが届いた「ミニ骨壷・ホスタHosta・ピンクゴールド(真鍮製・スワロフスキー)」はこちら 「ここにいるんだな」と感じられます 先週届いて、やっと昨日骨を入れて、つけてみました。柄が入っているので、ぱっと見で骨が見えないよう目隠しになりつつ、裏からも、柄の隙間からも故人の骨が見えるので、まだここにいるな、と感じられて、いい感じです。文字を入れるのもお願いしたのですが、みなさんどんなことを入れているのか電話で聞きましたら、こういうのが多いですよと教えてもらったので、筆記体で、生没年を数字で、名前をローマ字で入れてもらいました。 >この口コミが届いた「遺骨ペンダント・ラウンド...

未来創想に関する記事

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未来創想が創業したのは、2000年のこと。遺骨を少量納められるペンダントを「カロート?ペンダント」と命名して販売を開始したのが始まりです。 「手元供養」という言葉も、創業当初と比べるとずいぶん暮らしの中に浸透するようになりました。 現在、未来創想では、遺骨ペンダントだけでなく、ミニ骨壷やミニ仏壇など、さまざまな手元供養品をたくさんの方のもとへお届けしています。 大切な方を亡くしたとき、悲しみで途方に暮れてしまうこともあるでしょう。手元供養という選択に至るまでには、人それぞれにさまざまなストーリーがあります。 手元供養をお考えの方は、実際に経験した方の話を聞くことも一つの参考となることでしょう。 未来創想に届いた口コミ ここでは、未来創想に実際に届いた多くの口コミの中から、いくつかのコメントを抜粋してご紹介いたします。 充実のセット内容と、ちょうどよいサイズ感に母が喜んでくれました。 一人暮らしで高齢の母には、今まで家にあった大きなお仏壇の管理は難しくなってしまったので、この小さな手箱を購入しました。一から全部揃えるのが大変で、悩んでいましたが、充実のセット内容だと思います。サイズも丁度よく、何より母が喜ぶ姿が見れてよかったです。おりんの音はとても綺麗でした。 >この口コミが届いた「ミニ仏壇セット・やさしい時間・祈りの手箱|ナチュラル (チェリンセット)」はこちら この仏壇なら、悲しみを助長しないと感じられました。 高校2年の息子が交通事故で他界。まさか自分の息子のお仏壇を買うことになるとは、思ってもいませんでした。私が三男のため自宅にお仏壇はありません。何社かお仏壇のカタログを取り寄せたものの、苦しくなり見ることができませんでした。テレビでこちらの商品のCMをみて、生活の中に自然とある姿や家族が話しかけたりしているものを見て、これなら悲しみが余計に助長することはないのではないかと感じました。骨壷は息子が好きだったブルーにして、おりんは白にしました。木の自然な感じがとても優しい雰囲気です。よいお仏壇に巡り合えました。ありがとうございました。 >この口コミが届いた「ミニ仏壇セット・やさしい時間・祈りの手箱|ナチュラル (パステル・虹色おりんセット)」はこちら お墓や仏壇に代わるものを探していました 墓じまいしました。その後、仏壇も処分することになり、手を合わせる対象がなくなってしまったことに罪悪感が残り、仏壇の代わりになるようなものはないかとネットで探していたところ、こちらの商品を見つけました。背面がないことで、風が吹き抜け、自由な形で供養して欲しいと商品名の由来を聞いて、これだと思いました。お墓も仏壇も必要ないと思っているわけではないので、生活の一部としてこの供養品を大事にしていきます。 >この口コミが届いた「ミニ仏壇セット・風セットプラン1(風茜、ミニミニ仏具、チェリン、線香、ローソク5点セット)」はこちら かわいらしい骨壷に、わが子が重なる。 届いた骨壷は白が清らかで、形がとても愛らしいです。お骨を納めてからは、あの子の顔が重なるようで毎日両手で包み込んでいます。迷いましたがこちらにお願いしてよかったです。 >この口コミが届いた「ミニ骨壷・パステル・ホワイト(真鍮製)」はこちら 泣いてばかりいた日々が、少し楽になりました。 主人が突然亡くなり、本当に自分自身の心をどうしたら良いのかわからないくらいの喪失感で毎日毎日、泣いてばかりでした。四十九日が近づいてくると主人のお骨を置いて来れるだろうか?との不安感で胸が痛くなり、連れて行きたくないと思うようになりました。そんな折、未来創想を知り気持ちが少し楽になりました。この商品は一目見て気に入り、実際にお届けしていただいたらネットで見るよりずっと綺麗でうれしかったです。ネットで見るよりもお骨もたくさん入ります。なぜか安心できました。ステージもお願いしましたが、やはり素敵です。後から父の分も追加させていただきました。遺骨ペンダントも検討中です。対応も親身になってくださり、とても満足しております。ありがとうございました。 >この口コミが届いた「ミニ骨壷・七宝シリーズ・青花(七宝焼き)」はこちら 死産だったわが子のために 死産だったわが子のために購入しました。手で包みこめるほど小さいですが、重さはしっかりあり重量感があります。かわいらしくて気に入っています。 >この口コミが届いた「ミニ骨壷・ホスタHosta・ピンクゴールド(真鍮製・スワロフスキー)」はこちら 「ここにいるんだな」と感じられます 先週届いて、やっと昨日骨を入れて、つけてみました。柄が入っているので、ぱっと見で骨が見えないよう目隠しになりつつ、裏からも、柄の隙間からも故人の骨が見えるので、まだここにいるな、と感じられて、いい感じです。文字を入れるのもお願いしたのですが、みなさんどんなことを入れているのか電話で聞きましたら、こういうのが多いですよと教えてもらったので、筆記体で、生没年を数字で、名前をローマ字で入れてもらいました。 >この口コミが届いた「遺骨ペンダント・ラウンド...